VOCEのおすすめブック

失恋ホストが読む『余命一年、男をかう』「僕なら女に金を貸してくれとは言えません」

更新日:

失恋ホストが読む『余命一年、男をかう』「僕なら女に金を貸してくれとは言えません」

吉川トリコさんの最新作「余命一年、男をかう」は、タイトルの通り、余命一年と宣告された主人公・唯が、ひょんなことから出会ったホスト・瀬名のトラブルを、ためにためていた貯金を使って解決してあげるところから物語が始まる。この物語を実際のホストが読んだら、何を思うのか? みずからも、文学フリマで「ホストの本気の失恋」をテーマに同人誌を出版した「失恋ホスト」たち3人にその思いをつづってもらった。第1回はレオさん。

「究極のサービス業」だから、わかること 

初めまして。

私は歌舞伎町でホストクラブを経営しているレオと申します。
まずは自己紹介を。

昭和の末に東京の23区外に生まれ育ち、絶妙な都会コンプレックスを抱えて生きる。
「歌舞伎町民」のご多分に漏れず、幼少期はやんちゃの一途をたどり、保育園では俺様で他を圧倒し、小学校の入学式では初登校の際に昇降口で初対面の屈強な相手と取っ組み合いをしたほどだ。
当時、両親は喧嘩が絶えなかった。3人兄弟の次男に生まれた身としては気を使いストレスが溜まってしまっていたのだろうか、とにかく荒れていた(現在両親は呆れる程仲良し)。

小学校の中学年、高学年時代は、女子を意識しはじめ、母の使用したブリーチ剤をくすねて独断で茶髪にするという色気付きの早い少年だった。
中学校では尾崎豊を愛聴し、都会コンプレックスを存分に非行にぶちまけた。

そんな僕も18歳になり進学をせずにバイトに勤しんでいたが、友人の誘いで現在のグループの前身の店舗に体験入店をすることになった。
酒、女、酒という東京の田舎から来た僕からすればそこはまさに異世界で、大人の遊園地。
キラキラした世界、無類の女性好き、普通では終わりたくない性分から即入店を決めた。

そこからは『余命一年、男をかう』の瀬名ほどの容姿はないが、持ち前のガッツと話術で客付きはよくナンバーも確実に上がり、お客様の数も増えて行った。
入店して半年後には初No.1、一年経った頃には、店舗のリーダーから幹部補佐という役職に二階級昇進するという快挙を成し遂げた。
その後6年が経ち、僕がトップを勤める店舗が歌舞伎町でも有名に成る程に盛況となり、当時の最高売上記録を更新もした。

そのお陰もあり、僕は最年少で店舗の代表となり、花形である現役という立場を退き、25歳で経営者として全てを任されるようになった。
そして10年が経ち、教え子の独立や地方出店などを経て現在は歌舞伎町3店舗、札幌に1店舗を構えるにいたる。
ホスト歴は15年となり、女性、男性問わず圧倒的に分解し、丸裸にし、掌握する、という特技を習得した(メンタリズムに似ている)。
経営者としては堅実で負けないリスクヘッジを第一に、息の長い経営を志している。作中の唯の言うトイレットペーパーはミシン目2つまで、には非常に共感が湧く。

ホストクラブという特異な場所への偏見は承知だが、風当たり(税務、警察、社会)が強い分、我々も学習し、クリーンな在り方を常に優先している。そんなホスト歴15年の僕が、『余命一年、男をかう』の感想を歯に衣着せず書き綴る。

失恋ホストが読む『余命一年、男をかう』「僕なら女に金を貸してくれとは言えません」

読み進める中で感じたことを、時系列で書き綴って行こうとおもう。
唯の生活、そして病気、瀬名との出会い。

まず、僕なら「70万円正確には73万を貸してくれ!」とは言えない(笑)。

というと、物語の腰を折ってしまうが、「借りる」という行為は、リスクでしかない。
作中にも美人局という単語が出てくるが、ホストであれば、ある程度の金を持っていると高を括られて、そういった輩に狙われることがあるのは紛れもない事実だ。
だからこそリスクヘッジをし、危ない橋は渡らない。が、だからこそ瀬名はそれだけ父を思い焦り困窮していたに違いなく、優しくも愚かな印象をもった。
その後の性交渉で病気が発覚するのだが、描写がリアルで可笑しかった。
我々もそれが得意な人も苦手な人も普通の人もいる(笑)。
そこから瀬名は借りた額を返す為に唯へ時間を奉仕するという流れになるが、
ヒロインである唯にはこう言いたい。

「拗らせ過ぎ」。僕達の用語でいう「コジコジ」だ。

女性はどこかヒロイン思考があり、自らを追い込みあえて孤独な道や誰かが構いたくなる様な振る舞いをするが、唯がまさにそれだと感じた。
自暴自棄でいて破滅思想。瀬名が家族の為に必死になるような優しい性格だからこそ放っておけない。そのやりとりがホストクラブで垣間見える人間関係のそれで、極めてリアルさを感じた。

中盤の結婚という社会の産んだ非合理的な文化(あくまで持論です笑)に踏み切ったあたりに、唯の女性として、人間として、死への心の変化が見てとれた。
その唯のエゴに巻き込まれる形になるが、利害の一致で合意する瀬名。
途中、合理的にしか生きられない唯だからこそキルトという非合理的な作業をしたいという台詞に、彼女の闇が垣間見えた気がした。
佳境に差し掛かるとお互いの心境の変化がスピーディに書かれていて面白みを増す。
ベテランホストの心境、してきた事と持ち得る善心との葛藤。
作中の受け手の気持ち次第という人間のシステムは良く理解出来た。
我々ホストは究極のサービス業であり、こちらの気持ちは関係なく、お客様が感じる事が全て。

それは立ち振る舞い、言葉遣い、髪色。

ウケればそれが正解である、厳しい業界。

我々もなびかない女性には考えさせられる時間が多くなり、恋心を錯覚する。
読了し、独身の身である僕も死を想像し孤独への恐怖を味わった。
非合理的なキルトをみんなで楽しそうに作成している唯や瀬名ファミリーにほっこり。
幸せとは非合理的の重なり合いであり、1人で生きる事は実に合理的だが、人としての幸せは非合理の中にあるという表裏が描かれていて楽しく読めました。

僕も婚活を急ぎます(笑)

読んだのはこの本

「余命一年、男をかう」
吉川トリコ 講談社 1650円

幼いころからお金を貯めることが趣味だった片倉唯、40歳。ただで受けられるからと受けたがん検診で、かなり進行した子宮がんを宣告される。医師は早めに手術を勧めるも、唯はどこかほっとしていた――「これでやっと死ねる」。
趣味とはいえ、節約に節約を重ねる生活をもうしなくてもいい。好きなことをやってやるんだ!と。病院の会計まちをしていた唯の目の前にピンク頭のどこからどうみてもホストである男が現れ、突然話しかけてきた。「あのさ、おねーさん、いきなりで悪いんだけど、お金持ってない?」。
この日から唯とこのピンク頭との奇妙な関係が始まる――。

本を読んでみたくなったら……
Amazonで購入
楽天で購入
7netで購入

もっと知りたいかたは……
講談社BOOK倶楽部へ

本のPVも公開中!

執筆したのは……
レオ/歌舞伎町に本店を置き、札幌、福岡、東京、横浜と15店舗展開しているホストクラブgroup BJ所属。2021年春、ホストの本気の失恋をつづった同人誌「失恋ホスト」に寄稿

イラスト/shutterstock

Edited by 石井 亜樹

公開日:

こちらの記事もおすすめ