連載 メンズメイク入門

自分らしさの呪縛。「ありのままの自分でいよう」に感じる違和感の正体

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身だしなみを整えることの意味

でも、自分の顔って分かりません。毎日少しずつ変わっているはずなのに、それには気が付かない。数年前の写真を見ると「若いなあ」なんて思ったり。自分では昔と大して変わっていないつもりでいたら、大きな勘違いだったりします。

現在の私は「中年男性の威圧感」を持ち始めているはずです。三十代も半ばをすぎて、年齢だけは立派な大人。二十代の初めごろ、十歳上の先輩はとてつもなく経験豊かな大人に見えました。話すたびに緊張したし、憂鬱な飲み会もあった。年をとるにつれ、内面がどうであれ、そのような負荷を年下の人に与える存在に私もなっていきます。

私がメイクに興味を持ち始めたきっかけのひとつに、そのような自覚がありました。つまり「優しく見えるようにしたい」という思いがあったのです。それは「人を傷つけない」ことを重視する流行とも合致しているように思えます。

身だしなみを整えることは、「私はあなたによく見られたいですよ」と示すことになります。それは、相手を尊重することでもあります。私たちはお互い見たり見られたりしていますが、そうすることで「この人はどういう人で、私をどう見ているのだろう」と吟味し合っています。公の場でそのようなコミュニケーションに応えることは、呼びかけに対する応答責任を果たすような感覚に近いかもしれません。

他者がいなければ「自分らしさ」は考えられない

実を言うと、私は昔から「身だしなみ」という言葉が大嫌いでした。学生の頃は、制服を着て髪型も整えなければいけませんでしたが、それを大人に媚びることだと感じていました。反抗するために、わざと制服を着崩したり、こっそり髪を染めたり。

でも、それが自分らしかったのかなと考えると、そうでもなかったと思います。平凡な、反抗のための反抗でした。自分のスタイルを持つためには、まだまだ経験が不足していたのです。見る経験、見られる経験、それを通じて変わっていく経験。それらをもたらしてくれるのは、他者にほかなりません。そもそも他者がいなければ、自分らしさなんて考えもしないでしょう。だから、「人によく見られたい」という気持ちそのものを否定する必要はないと思います。

「ありのままの私」として生きてきて……

私が「老けた」と言われたとき、まず単純な驚きがありました。老いはいつも不意なもの。なんだかんだで、自分はまだ若いと思っているところに、時の経過を突きつけられる。そのような体験の連続を「老い」と呼ぶのかもしれません。だったら、「老い」とは何かということを、私はまだほとんど知らないとも言えます。

メイクなんて考えたこともなかった私は、これまでの人生のほとんどを、おおかたの女性よりもずっと「ありのままの私」として生きてきました。その上、わりと「人にどう思われてもいいや」と考えていた。でも、それはときに「私はあなたにどう思われてもいいやと思っていますよ」というメッセージを発信してしまいます。

「私はあなたにどう思われてもいいやと思っていますよ」というメッセージを発信する、威圧的な中年男性になることは避けたい……と思うので、私は自分が中年になったことをどこか奇妙に感じつつ、眉サロンに出かけていって「優しく見えるようにしてください」と、こっそり頼んだりしているのです。それは若作りのためではなくて、「これからどういう私で人と関わっていこうか」と、外見から考えるためのものだと思っています。

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『僕はメイクしてみることにした』
STORY
前田一朗、38歳、独身。平凡なサラリーマン。ある日、自分の疲れ切った顔とたるんだ体を目の当たりにしてショックを受けた一朗は一念発起、メイクを始めてみることに! 薬局で出会ったコスメ大好き女子のタマちゃんを「師匠」と仰ぎ、失敗や迷いを繰り返しながら、自分を労わることの大切さやメイクの楽しさに目覚めていく。

『僕はメイクしてみることにした』

\毎月15日更新/

写真/©️AFLO

Edited by 大森 葉子

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