【執筆したのは……】
鎌塚亮
1984年生まれ。会社員。ある日「そういえば、自分はラクに生きたいだけだった」と気づき、セルフケアについて調べ始める。メンズメイク初心者。
Twitter: @ryokmtk
note: 週末セルフケア入門
誰にも会わない日にネイルしてみた
「最近、ネイルする男性が増えているんですよ」。そう教えてくれる人が、一人や二人ではありません。話を聞いているうちに興味が出てきたので、私もネイルをしてみることにしました。ネイルといえば、ネイルサロンでしょうか。でも、お値段もするだろうし、どこへ行けばいいのか分かりません。それなりに勇気も必要です。爪を塗ってもらっている間、気を使って会話するのも疲れそう……。そこで、自宅でセルフネイルすることにしました。
ネイルを塗るのは初めてだけど、なんとかなるだろう。そんな甘い見積もりは、開始してすぐに打ち砕かれることになりました。用意したのは、スキンケア下地にあたるネイルケアスプレー、下地・ファンデーションにあたるカラーベースコート、クレンジングにあたる除光液シート。全体をカバーするトップコートは省略。
新しい言葉の連続でしたが、爪も肌の一部です。顔をメイクするときのアイテムになぞらえると、理解しやすいものでした。ところが、扱い方はけっこう違う。ネイルケアスプレーをふったあと、薄いグレーのカラーベースコートのフタを開けると、小型の刷毛が姿を現しました。何かに似ている。そうだ、昔、プラモデルの色を塗るときに使った塗料と匂いがそっくりじゃないか……。そして、この刷毛に付着している液が、けっこう垂れてくる。
ふたの口で刷毛をぬぐい、左手の小指から塗っていきます。日曜日の昼間、居間のテーブルに陣取り、爪を凝視する37歳になったばかりの私。たぶん、眉間にシワが寄っていたと思います。爪の上でうまく刷毛を広げ、根本から先まで一気に塗るのがコツっぽいのですが、これが難しい! カラーベースコートの量が多すぎると爪の上でダマになるし、あわてて二度塗りすると、その爪だけ色が濃くなってしまいます。悪戦苦闘。
一度だけ塗っても、思ったより爪に色が付きません。しっかり乾かしてから、重ね塗りしていく必要があるようです。爪を乾かしているあいだは、家事もなにもできません。椅子から両手をぶら下げて、呆然と窓の外を眺めていました。下手に動かしたり、乾く前に重ね塗りするとたちまちよれてしまう。そんなことを何度も繰り返し、左手の爪をしっかり塗り終わった頃には、一時間以上が経っていました。
爪に色が付くだけで妙にウキウキする
完成した左手は、爪によって色の濃さに違いが出てしまいましたが……悪くない! いや、けっこうウキウキしてきました。不思議なものです。爪に色が付いただけで、人間ってテンションが上がるんですね。知らなかった。
やってみて分かったのですが、ネイルは顔のメイクと違って、つねに自分の視界に入ってくる楽しさがあります。メイクした顔は鏡の前に立たないかぎり自分では見ることができませんが、ネイルはそうではありません。つまり、自分の身体を飾っていると同時に、視界が華やかになっているのです。リモートワークのときにネイルカラーを施す男性が増えているのも納得。キーボードの上にある指が、ちょっと綺麗になっている。それだけで妙に嬉しい。これは、インテリアを飾ることに近い感覚かもしれません。
ところで、「どうしてメイクをするのか?」の答えは人それぞれ、時と場合によりけりですが、大きくは三つに分けることができると私は考えています。それが「対他人」「対自分」「対社会」。他人がそのメイクをどう思うか。メイクした自分をどう感じるか。社会でメイクがどんな役割か。それぞれに応えるため、人はメイクしているのだと思います。
誰にも会わない日に、自分の爪にネイルを塗ってみることは、この三つのうち「対自分」の効果が凝縮されたような体験だと思いました。家族も外出し、居間の真ん中でひとり爪を塗っているだけです。見ている人はいませんし、男らしさや女らしさ、ビジネスマンがどうとか関係ない。ただ自分のためだけに、自分勝手なやりかたで、自分の身体を飾っているだけなのですから。
自分の身体を飾ると、気分が盛り上がり、積極的な気持ちになってきます。これは年齢も性別も問わない、普遍的な現象ではないでしょうか。たとえば介護の現場でも、メイクが生活の質を高めることが確かめられているそうです。似たようなことは、誰しも経験があるでしょう。このような「飾ることの力」を再発見する男性が増えているとしたら、それは興味深いことだと思います。
リモートワーク中の男性にネイルが流行る意味
リモートワークで自分と向き合う時間が増え、スキンケアする男性が増えた。ウェブ会議で自分の顔を見るようになったので、メイクの必要性を痛感した。メンズメイクの市場が拡大している理由は、新聞記事などではそんな風に説明されることが多いです。
しかし、ネイルする男性が増えていることは、ウェブ会議では説明できませんよね。また、時間に余裕ができたとしたら、人は今までやりかったけどできなかったことをするのでは? だとすれば、もともと潜在的にスキンケアやネイルに興味や素養をもっていた男性がかなりいたことになります。
何が言いたいかというと、これまでは他人や社会の目を気にして、着飾ったり装ったりすることを我慢していた男性がたくさんいたんじゃないかということです。会社でからかわれるから、男はメイクやネイルをしないものだとされているから、だから彼らはグレーやネイビーのスーツを着て、すっぴんで過ごしています。でも、そのような制限がなくなると、学生の頃そうしたように、好きな服を着たり、芸能人のスタイルを真似たりして、「飾ることの力」を再び楽しむようになるのではないか。これは、飾ることを強制されてきた女性たちが、外出が減ってメイクをしなくなることのちょうど反対です。
『世界服飾大図鑑』などによれば、いまのスーツの形ができ上がったのは19世紀末ごろだそうです。労働者のための普段着としてデザインされたスーツは、機能が重視された無難なものでした。しかし、スーツの普及とともに面白いことが起きました。それまでは黒や白の単色しかなかったネクタイが、爆発的に華美になり始めたのです。つまり、他人や社会に従いながらも、飾ることを諦めない男性たちがいた。
まだまだ男性のカラーメイクのハードルが高いことはインタビューでも分かりました。他人や社会がそれを許容しないからですよね。どこにでも心無い人はいるもので、そのストレスに真っ向から立ち向かうのは誰にでもできることではありません。また、そうするだけの価値をメイクに見い出す人がいまだ少ないことも事実でしょう。
しかし、ネイルならどうでしょう。週末の普段着にグレーのネイルをした状態で鏡の前に立ってみると、ネクタイを締めることに近い機能があることが分かりました。単色のネイルだったので、服とのちぐはぐさもありません。これなら誰でも試せるはず。
最初はグレーやブラック、無色からでもいいと思います。私もこわごわやってみましたが、案外、楽しいものですよ。ネイルを試してみることは、生活の質を上げる工夫のひとつであるのみならず、無理のない範囲で、男性が「自分を飾りたい」気持ちを解放する手段になるのではないでしょうか。
※左から時計まわり
撮影・文/鎌塚亮
Edited by 大森 葉子
公開日:
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