結婚は罠!? 女は無能力者!?
新朝ドラ『虎に翼』がスタートした。これがとにかくすごい。「結婚は罠よ!」、「女は無能力者ってどういうこと!?」……、そんな言葉が初っ端からバンバン飛び出すほど、まさに忖度ゼロのフェミニズム全開ぶりなのだ。
しかし面白いのは、そんな強烈なフェミ色を放つ一方でまた、『虎に翼』はなぜか終始笑える朝ドラでもあるのだ。それゆえその勢いに圧倒されることも、とくに押し付けられ感を覚えることもなく、フラットな視点で物語を楽しむことができる。この絶妙なバランスを保っているのが、誰あろう、主演の伊藤沙莉だと思う。
まずは簡単にドラマのストーリをおさらいしておこう。主人公の猪爪寅子は、日本初の女性弁護士で、初の女性裁判官となった三淵嘉子さんがモデル。女性の権利がまったくと言っていいほどなかった旧憲法(大日本帝国憲法)の時代、「女性の一番の幸せは結婚して家庭に入ること」とされていた。しかし、そこにどうしても自分の幸せがあるとは思えなかった寅子は、自分らしい生き方を模索しようと大学の女子部に進学し、法律を学び始める。そして女性が置かれている想像以上に理不尽な現実に直面し……、というのが、まだ始まって間もない物語の概要だ。
批判コメントがほとんど見当たらない
この簡単なあらすじ説明からも分かるように、今期の朝ドラは、女性の権利獲得の戦いを描いたド直球のフェミニズムドラマである。その証に物語は、結婚することが幸せとは思えない寅子が見合いから逃げようと夜逃げを図る、というちょっとコミカルだけど大真面目なアンチ結婚描写からスタートしている。
さらに寅子は見合いで居眠りをしたり、「対等な意見を交わしたい」という相手に自論を述べたところ「黙りなさい、女が生意気な!」と言われて「はて?」と首をかしげたり。そして、母親が家ではすべてのことを仕切っているのに人前に出ると「スン」と控え目になることへの違和感、どうしても自分の幸せが結婚にあるとは思えないモヤモヤなど、さまざまな疑問も隠すことなくどんどん口にしていっているのだ。
あえて誤解を恐れず言うと、これほど工夫もひねりもなく真正面から真っすぐにフェミニズムを吠えている朝ドラを見たことがなかったので、正直最初はやや面食らった。が、ひとたび物語が始まってしまえば、あっという間にそんな戸惑いは忘れ、一気に惹き込まれていったから不思議だ。実際、『虎に翼』に関するSNS上のコメントを読んでいると、否定的な声はまったくといっていいほど見当たらない。反対に「面白い」「楽しみ」という単語や、さまざまな現状や自身の想いと重ね合わせた共感コメントばかりが踊っている。
喜劇の天才、伊藤沙莉
通常、これほどまでにフェミ色が強い作品というのは、アンチフェミニストはもちろん、「不平等は嫌だけど声高に戦うのはちょっと……」という及び腰な層にも敬遠されがちなのが一般的だ。しかし『虎に翼』には、主観かもしれないが、そういった抵抗感を覚えにくい。その理由は、主人公の寅子が強烈なまでに生真面目な疑問や主張をぶつけながらも、どこかコミカルだからだ。
これは、寅子を演じる伊藤沙莉の生まれ持った喜劇センスによるもの以外、何ものでもないと思う。まともに直視すれば胸が痛くて見ていられないような男性たちの女性蔑視描写も、ミソジニストからはもろに反感を買いそうな寅子の“賢しい”発言も、何だか全部クスッと笑ってしまうのだ。だから肩の力が抜けて、素直に、バイアスなく、物語が投げかているメッセージを受け止めることができる。『虎に翼』は、まさにそんな奇跡のバランスを持った斬新な一作だと感じるのだ。
余談だが、以前に麻生太郎副総裁が上川陽子外相のことを「そんなに美しい方とは言わんけれども、このおばさんやるね」と差別発言し、大炎上したことがあった。このとき、言われた当人である上川大臣が「どんな発言もありがたく受け止める」と流したことで、これまた「このような対応が正しいとされてしまう」と新たな物議をかもしたのだ。差別をなくしたいのなら“大人の対応”などせず、真っすぐ抗議すべきだ、と。
おそらく、かつてなら称賛されていたであろう上川大臣の対応。しかし今、平等を求める社会はもう一歩先に進んでおり、事を荒立てないよう流したりするのではなく、嫌なことは嫌とハッキリ言うべきだと変わり始めている。でなければ、差別される側の苦しみは伝わらないと人々は気づくようになったからだ。
『虎に翼』は、そんな次なる時代の流れを受けて誕生した新しいフェミニズム描写ドラマではないかと感じている。やんわり「アナタのその行動、差別なのよ」「分かってね」と伝える必要なんてない。寅子や寅子を取り巻く周囲の女性たちのように、嫌なものは嫌なのだ、苦しいのだ、そして涙が出るほど悔しいのだ、とありのままに伝えるこのドラマの描き方は、一見古いようでいて実は最新鋭なのかもしれない。
「結婚だけが幸せじゃない」のその先は?
ではそこまでストレートな描写でこの作品が描こうとしているものは何かというと、それは「結婚だけが幸せじゃない」の“その先”ではないかと思うのだ。『虎に翼』が、寅子を通して初回から一貫して掲げているテーマは、“女性の幸せって?”というシンプルでオーソドックスな疑問だ。今や社会には、結婚だけが幸せの形ではないという価値観はかなり浸透してきているし、実際に結婚を選ばないと決める女性たちも増えている。しかし、ならば何が自分にとっての幸せなのか?となると、寅子同様、「それがまだ何か分からないけれど……」という人が多いのではないだろうか。
よく、「今の時代は選択肢が増えたことでかえって生き辛くなっている」という言葉を耳にする。結婚しても良し、しなくても良し、仕事に邁進しても良し、しなくても良し、と幸せの形が人それぞれとなっている今、自分が「これだ!」と思えるものを見つけるのは想像以上に難しい。見つけたとしても、そこはまだまださまざまな不平等が根強く残っている日本社会。その選択を貫くことは、寅子の母が言う「地獄」ほどではなくても、相当にしんどいものだったりする。その結果、「やっぱり女性の幸せって結婚して家庭に入ることなのかも」という結論に回帰する人も……。
そう、私たちはきっと今もって、「結婚だけが女の幸せじゃない」の先にあるものは分かっていないままなのだと思う。かつてよりは少し多い自由と選択肢を得ただけで、実のところは寅子たちが抱いていたのと同じモヤモヤを、ずっと抱き続けているのではないだろうか。
一見、ひねりがなさ過ぎて口にするのが恥ずかしいと感じてしまいそうな、「女性の幸せって?」「私の幸せって?」というこの疑問。新時代のフェミ朝ドラが始まった今だからこそ、今一度、寅子たちとともに真っすぐに自分に問い直してみるのも良いのではないだろうか。寅子の決めゼリフ「はて?」とつぶやきながら……。
PROFILE
書き手
山本奈緒子 Naoko Yamamoto
放送局勤務を経て、フリーライターに。「VOCE」をはじめ、「ViVi」や「with」といった女性誌、週刊誌やWEBマガジンで、タレントインタビュー記事を手がける。また女性の生き方やさまざまな流行事象を分析した署名記事は、多くの共感を集める。
Edited by 渕 祐貴
公開日: