ギャル雑誌の時給は1000円。そのお金で高校の授業料を払っていました!
──まずは、くみっきーの“ギャル史”に迫りたいと思います。ギャルに目覚めたのは、いつごろですか?
舟山久美子さん(以下くみっきー)
中学1年生くらいには、もうギャル雑誌をよく読んでいて、その可愛さに夢中でした。自分もギャルになりたいと思っていたけれど、父がめちゃくちゃ厳しくて、ギャルメイクなんて絶対許さないという人で……。なので、100均でアイライナーやつけま、つけ爪を買って、外に遊びに行くときだけ、こっそり楽しんでいました。家に帰る前には、全部オフして証拠隠滅していましたよ(笑)。今、思うとすごく手間だけど、当時はメイクをするとちょっと大人になったような気分になり、自分とは違う人になれる感覚が楽しかったんです。
父に隠しきれなくなってからは、厳しく注意する父に私もだんだん反発しはじめたので、衝突したことも。ギャルっぽい身なりをやめさせようとするためにコスメを全部捨てられたり、エクステを取られたり、二つ折り携帯を“逆パカ”されたり、ギャルになること自体がいばらの道で大変でした。
──ギャルになるために、そんな険しい道のりが……。そこまでしてギャルになりたかった理由とは?
くみっきー ギャルメイクをしていると不思議と自信が持てるというのが魅力だったのかな。苦手だったおしゃべりが誰とでも上手にできたり、引っ込み思案な部分が薄れて一歩踏み出せるようになったり、私にとっていろいろと背中を押すきっかけになってくれましたね。
──お父さんとの確執は、いつごろまで続いたのでしょうか。
くみっきー 父にガミガミ言われていたのは中学まで。義務教育を終えたあとは自己責任であり、高校へ行くか、行かないかは自分で決めるというのが舟山家の方針なので、高校生になるときに、「これからは好きなことをしなさい。ただし、自分の行動に責任を持って生きること」と父から言われた記憶があります。高校進学後、“プチ自立”という感じになったため、学費はバイトをいくつも掛け持ちして自分で払っていました。学費の支払いは大変だったけれど、思う存分、ギャルになれるという解放感のほうが嬉しかった! そこからギャル化がかなり加速しましたね(笑)
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ギャルモデルになったきっかけ