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【齋藤薫】美容ジャーナリストの第一人者が紡ぐ文章から、どれだけキレイが生まれただろう

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【齋藤薫】美容ジャーナリストの第一人者が紡ぐ文章から、どれだけキレイが生まれただろう

キレイになるって面白い! 日本のビューティの25年を支えてくれた美容ジャーナリスト・齋藤薫さんに、VOCE創刊当時である25年前の思い、そして今の気持ちを聞いてみました。

言わずと知れた美容ジャーナリストの第一人者。彼女の紡ぐ文章からどれだけのキレイが生まれただろう

美容は、ヒエラルキーの最下層にあった?

今では信じられない話だが、私がまだ新人の編集者だった頃、美容は女性誌における記事のヒエラルキーにおいて、最下層にランキングされてしまうような、とても地味なジャンルだった。季節ごとにほんの数ページが割かれるだけの、オマケのようなカテゴリーに過ぎなかったのだ。当然のこととして、不当に地位の低い“美容担当”になりたい者もなく……。

しかしそれだけにまだ手付かずの領域。何をやってもよかったから、逆に心惹かれた。美容には、クロスワードを解いて行くような面白さを感じたから。なぜなら、ほとんど顔1つのことで、手を変え品を変え、あーでもないこーでもないと理屈をこね回し、存在しなかった法則を作り上げていくのだ。“良いカメラマンと良いモデルがいれば、8割がた良いページができてしまう”的な作り方が通用しない厄介な世界。ただ誰もが毎日やってる「アイライナーを引く行為」を、一度バラバラに分解して新たな法則を組み立てていくのは、まさに謎解きのよう。編集者として“美容にしかない底知れない魅力”を感じたものだった。

そしてプロのテクを素人用に嚙み砕くのと同時に、「アイライナーは息を止めて、エイッと引いてしまう」的なド素人のテクで共感を呼ぶことに挑んだのだ。あるいはその、呆れるほど身近な共感性こそが、美容記事の1つの醍醐味なのではないかと思えたから。

そうやって美容ページ自体は少しずつ市民権を得ていくが、美容に携わる中で、どうしても心が晴れない一面があった。これもまた今では理解しがたい話だが、「美容に一生懸命って恥ずかしい」という負のイメージが昭和には確実にあって、これをどうしても払拭することができずにいたのだ。言い換えればかつて、美容は薄っぺらいもの、表面だけを取り繕う表層的なものの象徴だったほど。

2人の女性がいて、1人は本を読んでいて、もう1人はコンパクト片手に口紅を直しているとしよう。誰が見ても、読書する女は人間に深みがあり、化粧する女は浅い……あいにくそんなイメージが固定化していた。美容は知的なものにはなり得なかったのだ。

美容の残念なイメージを覆したのがVOCEだった

実はその残念なイメージを覆したのがVOCEだったのである。すべてのジャンルを美容を軸にして考え、美容によって女の人生のすべてを斬る……そんな芸当はそもそも知性がなければできないし、美容に気負いや気取りなく文化の匂いをプンプンさせることに成功し、だから美容ページに信じられないほどの奥行きが生まれたのだ。逆に美容って、こんなにかっこいい、粋でスマートで独創的な行為だったのかと、美容好きに限らず、好奇心あるすべての女性に気づきを与え、あらゆる女性メディアに衝撃を与えた。VOCEを読んでいる女性が、なんだか知的に見える……そういう革命を成し遂げたのである。今振り返っても、それはゾクゾクするくらい刺激的なことだった。そうだ私は、これがやりたかったのだと感動したのを覚えている。

かくして、VOCE以前とVOCE以降で、実は多くのものが変わった。一つに、美容の地位。それこそ一般女性誌でも美容がヒエラルキーの上位に躍り出るとともに、女の人生の必須科目にのしあがる。メイクアップアーティストのように美容に関わる人たちの社会的地位が上がったのも紛れもない事実。追随する美容誌が次々に現れたのはもちろんのこと、いわゆるベスコスが女性誌界の風物詩となったのも、何より化粧品市場がかつてない盛り上がりも見せたのも、VOCEが風を起こしたからに他ならないのだ。

でも、何より重要な変化はこれ。気づいていただろうか。VOCE以降、日本人が劇的に美しくなったこと。折しも、写真のCG技術の目覚ましい進化が、モデル写真の肌質に革命を起こした。まったく欠点のない、澱みなくキメ細かい肌に、この世にこんな美しい人がいるの?と当時ページをめくるたびに目を見張ったもの。実はそれまで“絶世の美肌”というものは“見たことのない理想”で、私たちの中でイメージでしかなかったから。でもまさに百聞は一見にしかず、リアルに目にした究極の美肌は、ある種のショック療法で女性の美容意識を劇的に目覚めさせ、やらずにはいられない強い衝動を起こさせたのだ。

たとえば、フィギュアの4回転も誰かが確実にやってのけると、今まで100%無理と思っていた人が不思議にできるようになるという。同じように美容でも、人間の中で眠る美の潜在能力が覚醒したのだ。これはVOCE自身気づいていないかもしれないが、大変な大変な功績である。もし最初の一冊VOCEが生まれなかったら、女性と世の中はもう少しくすんで見えていたかもしれない。

さらに言えば今、日本女性は見た目に世界一若い。平均寿命も世界一だが、これとはまったく異なる理由=国民的美容意識の向上が、見た目の若さに奇跡を起こした。そのきっかけを作ったのも“VOCEの風”、なのである。

いよいよ人間が歳を取らない時代、再びVOCEの風を!

やがて美容も情報化の波に飲み込まれ、美容誌はカタログ化の方向に走るものの、VOCEが作ったサブカル的な美容のどうしようもない面白さは、今も強烈に息づいている。奇しくもVOCE誕生から25年、美容も一巡して、次のフェーズに入ろうとしている。もうかなりキレイになれたけど、果たして自分はここ止まりなのか?  誰もがそう立ち止まる時なのだ。だからVOCEの次の役割は、まだ誰も気づいていない人間の能力に気づかせること、それをセンスとおかしみと慈愛を持って伝えることができるVOCEの知性に、私たちの未来が何割か掛かっている気がしてならないのだ。

なぜなら、次の25年で、人間の運命は劇的に変わるから。「老化は病気に過ぎない」という世界的な提言が本当なら、それこそ5年後には人間、歳を取らなくなるかもしれない。それほど、老化を科学する研究が急ピッチで進んでいる。この流れをまた大きなムーブメントにするに違いないVOCEもまた、人間の運命を左右するほど重要な一冊であること、今ひしひしと感じている。

それもかつて、美容好きでもない、VOCEを知らない人でも“VOCEの風”によってキレイになったように、同じく“VOCEの風”で男も女も歳を取らなくなるのだろうから。過去25年に一体どれだけの女性を美しくし、幸せにしたか、それも計り知れないが、これからの25年は、もっと切実に一人一人の人生を変えることになるのだろう。歳をとらせないばかりか、命の煌めきを一人一人から引き出し、無限大に人を幸せにする使命を持たされた、尊い一冊……VOCEこそ美容文脈で人生を最高のものにする、世界に類を見ない教典なのだから。

齋藤薫/さいとうかおる
女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト。多数の連載エッセイを持つほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。美しさとは何か、独自の視点での執筆を続ける。

写真/戸田嘉昭

Edited by 新井 美穂子

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