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教えてくれたのは…
脳科学者
恩蔵絢子(おんぞう・あやこ)さん
東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程を修了、学術博士。2022年11月現在、金城学院大学・早稲田大学・日本女子大学で、非常勤講師を務める。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』、訳書に『生きがい』(茂木健一郎著)、『顔の科学』(ジョナサン・コール著、茂木健一郎監訳)、『ドーパミン中毒』(アンナ・レンブケ著)がある。
もしかしてこれって感情労働? 実はあらゆる場面で必要な感情管理
報酬を得て自分の感情をコントロールする仕事、すなわち「感情労働」を必要とする仕事が現代では増えています。お客様への丁寧な対応が求められる接客のプロはもちろん、コールセンターやクレーム処理、ケア領域まで、その職種も様々。
ほかにも、管理職として言いたいことをぐっと飲みこんでフィードバックをするときや、仕事に限らず、小さい子どもを育てることや親の介護も、自分の感情の高度な管理が必要であり、一種の「感情労働」といえるかもしれません。
職種や環境によって求められるプレッシャーは異なりますが、この「感情労働」なるものは、ストレスや脳の疲れ=脳疲労をもたらす1つの要因と考えられています。
なぜ今話題に? タブー発言が増えた日常生活
感情労働について書かれた記事を目にする機会も、最近では増えてきました。それだけ多くの人が、感情労働のせいで疲弊しているからかもしれません。社会や会社のルールの下、「こういうことは言っちゃダメかも」「これだと炎上するかも」と悩み、神経を尖らせている。そんな状況に心当たりがある人も、少なくないのではないでしょうか。
人を相手にする接客業や管理職でなくても「高度な感情管理」が求められる社会で、みんながみんな疲れている。そうして、自分の本当の感情を上手く使いこなせず、「感情で疲れている」人が多くなっているように思います。
感情を管理するとき、脳はどうなるのか?
そもそも「感情を管理すること」とは、物事をゆっくり詳細に分析し、計画を立てて実行し、結果に対する自覚をもたらす「大脳新皮質」が、より進化的に古くから存在する、これが好き嫌いという自分にとっての価値をすばやく作り出す「感情のシステム」を整えることを意味します。
私は今悲しいんだけど、この場で泣いたらお客さんが驚いてしまうから泣くのを我慢して笑顔を作る、また、私は今これが好きでこればかりやっていたいけれども、あの仕事にそろそろ手を付けないと大変なことになると重い腰を上げる。これが感情管理ですし、今楽しい雰囲気だから笑った方がいい、逆に今はお葬式だから笑っちゃダメ、と人に合わせることもまた感情管理です。
そんなふうに、脳は知的なシステムと感情システムの連携プレーによって管理を行なっているわけです。TPOに合わせてお化粧するように、感情もシーンに合わせてお化粧をされているともいえます。
アメリカの社会学者に、ホックシールドという人がいるのですが、感情労働には、大きく2つの演技が求められると言います。自分の本当の感情とは違う感情を出さなければならないときに、1つの方法として、表面だけ繕って出す「表層演技」があります。2つめとして、表面だけ繕うのではなく自分の感情を根底から書き換えてしまう「深層演技」もあるのです。
表層演技をする人は、つらい感情を押し殺して笑顔で頑張り続けるため、結果「燃え尽き症候群(バーンアウト)」になってしまうケースも。一方、深層演技をする人は、いやなことがあっても相手を慮ることで、ポジティブ感情に置換してしまいます。例えば、「今日あの人にすごく酷いこと言われて腹が立ったな。でも、あの人も何かつらいことがあったのかも」と考えることで、根幹にある嫌な感情を書き換えるのです。
深層演技をする人は、他者の感情を察する力と自分の感情管理に長けた「EQ=心の知能指数」が高い人とも言え、一見いいことのようにも思えますが、自分の感情をつねに書き換え続けてしまうのが厄介なところ。その人を形づくっていたはずの「本来の感情」を1つ残らず書き換えてしまうリスクを孕んでいるからです。
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