糸井のぞ先生プロフィール
7月31日生まれ。2010年デビュー。女性誌、青年誌で活動中。主な著書に、『わたしは真夜中』(幻冬舎コミックス)、『真昼のポルボロン』(講談社)、『最果てから、徒歩5分』(新潮社)などがある。三度のご飯が好き。現在、『この一杯は天使の取り分』を「ミステリーボニータ」(秋田書店)にて連載中。またBSテレ東・土曜ドラマ9にて『最果てから、徒歩5分』放映中。
気持ちを言葉にするのは難しいけれど、 “伝える必要性”はある
「実はこの作品は、私が以前から描きたかったものと、いただいたお話のモチーフが一致した形なんですよ。『男性同士の助け合いの物語が描きたい』という思いが最初にあり、メンズメイクをモチーフに描くと、すごく相性がいいんじゃないかと思いました。
特にメンズメイクの中でも『セルフケア』をテーマにするというお話で、自分自身を大事にすることには限界があるから、誰かと誰かが助け合う姿が描けたらいいな、と。女性同士の助け合いは身近でたくさん見ていますが、30代後半の男性たちが助け合う姿、友情や複雑な心情などを描きたかったんです」
メンズメイクと言っても、主人公・前田一朗は若く綺麗な男子でもなければ、美意識の高い男性でもなく、ごく普通の38歳サラリ―マンというところが、本作のキモの一つ。さらに、男性向けメイクのノウハウ満載の漫画かと思いきや、これまで漫画であまり描かれることのなかった「普通の」アラフォー男性の内面や、男性同士の衝突が登場することに、読みながらハラハラさせられることもある。何せ「男性同士の衝突」と言えば、大昔から殴り合って「お前やるな!」「お前もな」と笑い合う王道パターンをはじめ、力と力のぶつかり合いで理解し合うのが定番だ。
しかし、本作の場合、「大人の男としての身だしなみ」には肯定的だった親友・長谷部が、メイクにハマった理由や内面が変化していく楽しさには否定的で、さらにカラーメイクには強い拒否反応を示す。その生々しさたるや、どこか秘密をのぞいてしまったようなリアリティがあるのだ。
そして、それこそが「最初から描きたかったこと」と糸井さんは言う。
「男性も嫉妬するはずですし、嫉妬から起こった争いは実際にもたくさんあったはずなのに、描かれることが少ないように思います。だから『もっと気持ちを語り合って』『心を開いて』『殴ることで済ませて、わかったような気になってるんじゃねぇ』といった思いがあるんです。確かに、自分の気持ちを言葉にするのは難しいですし、それを 人に話すときに適切に伝わっているのかは私もいつも不安になりますが、“伝える必要性”はあるじゃないですか。それなのに、そこを軽く見ていたり、自分の都合のいいように解釈して満足してしまっている気がするんです。メイクはあくまで伝えるためのツールであって、料理でも音楽でも何でも良い、自分の気持ちを表現したり、お互いに思っていたことを知ったりすることに伴走したいと思いました」
『僕はメイクしてみることにした』
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自分の気持ちと他人の気持ち