【特別寄稿】ジェーン・スー “田中みな実になりたい! あるいは、なりたくないすべての人へ”
「私を見て!」彼女の残像は頭から消えない
Look at me! 田中みな実を見ていると、まっすぐこちらの目を見てそう言われているような気分になる。気圧され、目が離せない。強い眼差しにそう語られ、そのまま彼女の魅力に引き込まれていく人もいれば、飲み込まれまいと恐怖に足を突っ張らせ、最大限の抵抗をアンチという行為で示す人もいるだろう。どちらの気持ちもよくわかる。しかし、どちらにせよ彼女の残像は頭から消えない。田中みな実のことが気になって仕方がない。
人前に出て、自分という容れものを媒体に情報を伝える仕事をするならば、「私を見て!」という強い気持ちは不可欠だ。「ここはちゃんと見てほしいけれど、こっちは自信がないので見ないでほしい」というような、生半可な気持ちでは売れないのだ。と同時に、自分が前に出る仕事に関わった人がみんな幸せになるようなパフォーマンスを、常に行う能力が必要になる。自分だけが勝てばいいという、自己中心的な発想ではすぐに消えていく。
理想を明確にし、実現する努力を続ける
私たちが見ている田中みな実は個人だが、実はチームプロジェクトの結晶だ。芸能人やタレントと呼ばれる職業に就いているほとんどが、そうだと思って間違いない。ただし、自己の人格を二分割し、出役としての自分がなにを求められているのか、なにをやったら自分にお金と時間を割いてくれた人たちを喜ばせられるのか、もっと突っ込んで言えば「飽きられない」のかを冷静に分析する力を備え、出役の枠を超えて的確に提案できる人は稀だ。そして、そういう人は必ず世に出る。それが、私たちが見ている田中みな実だ。
随分と夢がない話だと思う人もいるかもしれない。しかし、現実はむしろ真逆。やりたいことと、現時点でできることを見極める。理想を明確にし、実現する努力を続ける。もらったチャンスには、感謝をパフォーマンスで示す。それさえすれば、絶対に道は拓けるし、誰かに塞がれることもないのだから。ちゃんとやれば結果がついてくるのは、夢のある話。誰もがちゃんとやれるかどうかは、また別の話。
「田中みな実」を「田中みな実たる存在」にしているもの
田中みな実は負けず嫌いだ。しかし、負けず嫌いという性質が担保する果実は特にない。頑張れるか否かと、負けず嫌いは本質的には無関係だ。田中みな実は頑張り屋だ。しかし、頑張り屋という性質が担保する成功もまた、存在しない。田中みな実にはコンプレックスがある。それはバネにも、自らを傷付けるナイフにもなる。
つまり、田中みな実が持つ性質は、多くの人たちのそれらとおおよそ変わらない。では、なにが異なるのか。田中みな実を田中みな実たる存在にしているものはなんなのか。
おそらく、それは愛の質量だ。田中みな実はすべてに愛を持って挑む。自らの体を慈しむことも、獲得した仕事に対しても、全力の愛をもって対峙する。あまりの熱量に、「重たい」と煙たがられることもあるだろう。プロジェクトメンバーに同じ出力を期待し、怖気づかせることもあるだろう。しかし、田中みな実はそんなことは気にしない。正確には、気にすることもあるが囚われない。最初に賞賛を浴びるのが彼女であるのと同じく、最終的には出役である彼女にすべての評価が跳ね返ってくることを、田中みな実はよく理解している。ならば、お金と時間を割いてくれた人たちに対し、妥協したものを提供することはできない。彼女の愛がそれを許さない。
本当に田中みな実のように輝きたかったらやるべきこと
Look at me! と言われて振り向くと、そこには大きな愛を抱えた小さな体の田中みな実が万全の体勢で立っている。「やれることは全部やりました。だから、私を見て!」と、真摯な表情で。彼女は「やれることは全部やる」過程すら出し惜しみしない。特に努力をせずともいまの状態をキープできていると、嘯(うそぶ)くこともない。
そりゃあ、気になって仕方がなくなるわけだ。世の中のほとんどが、「見てほしいけど、自信もないし、恥ずかしくてそうは言えない」という風情でチラッチラッとこっちの様子をうかがっているだけなんだもの。努力なんてしたことがないという顔で、優雅に微笑んでいるだけなんだもの。
しかも、ちょっと目を離した隙に、田中みな実は新バージョンにアップデートされるのだ。微調整に微調整を加え、田中みな実はベストな自分を惜しげもなく見せてくれる。それがわかっているから、目が離せなくなってしまう。
本質的な話をしよう。田中みな実になりたかったら、彼女の愛用品を真似するだけではどうにもならない。そうしたくなる気持ちは十二分に理解できるが、本当に彼女のように輝きたかったら、「私を見て!」と言える自分になるしかないのだ。それはとても大変なことだけれど、人生で一度くらいは試してみる価値があると思う。
「私は人前に出る仕事をしていないから関係ないわ」と思っただろうか。いいえ、これはすべての人に関係のある話。なぜならこれは容姿の話だけではなく、人と関わること、生きる姿勢、表現する行為すべてに共通する話だから。
恐るべきことに、田中みな実と無関係な人など、この世にはひとりもいないのだ。
ジェーン・スー
コラムニスト、ラジオパーソナリティ、作詞家、プロデューサー。2013年発表の初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)がたちまちベストセラーに。さらに第二作『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(2014年、幻冬舎)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。現在は新聞や雑誌で多数の連載を持つほか、ラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』(TBSラジオ月~木11:00~)でラジオパーソナリティも務める。Podcast番組『OVER THE SUN』も人気。近著は『きれいになりたい気がしてきた』(光文社)。
撮影/柴田フミコ ヘアメイク/笹本恭平(ilumini.) スタイリング/西野メンコ
Edited by 遠藤 友子
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