【Profile】
狩野誠子
1988年生まれ、神戸市出身。高校卒業後、吉本総合芸能学院(NSC)に入学。2007年、相方の渚さんと「尼神インター」を結成し、現在は東京を拠点に活動中。【Twitter】@seiko1204【Instagram】seiko_1204
お笑いが好きで好きで。容姿に対するコンプレックスがなくなるほど夢中に
「昔はブスって嫌な言葉やったんですけど、今の私にとっては、それだけの意味じゃなくなったんですよね。だから愛着のあるものにして、みなさんにとっても接しやすいキャラになればいいなと思って、“B”として擬人化して書いてみたんです」
中学生のとき、たまたま男子が自分のこと「ブス」と言っているのを聞いてしまったことから、誠子さんの心はブス=「B」に乗っ取られてしまう。溢れんばかりの自意識を持て余す思春期という時期も手伝って、所属していたバレー部のユニフォームがブルマからハーフパンツに変更になったことすら、「私の足が太くてBだからブルマじゃなくなったんだ」に帰結する。つまり、誠子さんはBをこじらせていた。
それから数年後。高校3年生のときに「B」が強みになる芸人という活路を見出したことで、誠子さんと「B」との関係は大きく変化する。
「お笑いが好きで好きで仕方なくて、容姿に対するコンプレックスがどこかにいってしまうほど夢中になりました。加えて、今まで弱点やと思っていた自分の容姿がこの世界では活かすことができる。だから相乗効果でBをより好きになっていったんです」
『芸人たるもの女を捨てよ!』と『ブスいじりなんて芸じゃない!』の狭間で揺れている
乳首洗濯バサミ、パンスト綱引き、警察犬とのビーチフラッグ対決など、Bと協力体制を築いて笑いに磨きをかけていった誠子さんは、芸人として急成長を遂げていく。……が、「ちょっとでもかわいくなったら芸人としておもしろくなくなってしまうんじゃないか」という不安から、現場ではメイクを我慢してすっぴんに徹するなど、今度は自分の中の「女の子」を持て余すようになってしまう。
著書の中で誠子さんも指摘していることだが、女性が職場で「女」を出すのは難しい。「色目を使いやがって」と疎まれないか、正当な評価を得られないのではないかと不安に感じた結果、「女」のさじ加減を極限まで薄味にして働く女性は少なくない(反対に、職業によっては過度に「女」を求められる場合もあって、これもまた悩ましい)。
「私は今31歳なんですけど、師匠とも若い子とも絡むので、先輩方の『芸人たるもの女を捨てよ!』みたいな考え方も理解できますし、『ブスいじりなんて芸じゃない!』と若い後輩たちが憤る気持ちもわかる。だからどちらにも開き直れない“狭間世代”として、『こうやって考えるとちょっと楽になれるかもよ』って言えることがあるんじゃないかって思って」
芸人になって女を捨てたことは一度もありません
誠子さん自身は芸人になって「女を捨てた」ことは一度もないと言う。仕事で出かけるときは女を捨てるのではなく、ペットのように家で“女の子”に「お留守番」してもらうのだ。
「お家に置いていく“女の子”に、『いい子にしといてね』って言って現場に出かけていく感じやね(笑)。そうすると仕事もぞんざいにせず、自分もぞんざいにしない。どちらも大事にできるなってあるとき気づいたんです。でも、最近はお留守番させてきた女の子に、『一緒に現場出てみようか?』って言ってみようかなって。それくらい、女である自分と芸人の自分が共存できつつあるのかもしれません」
年々魅力的になっている誠子さんを見ると、その言葉も納得である。一方で、「ブス」「デブ」「ハゲ」といった容姿をあげつらう笑いが是正されようとしている今の風潮を、お笑い芸人としての誠子さんはどのように受け止めているのだろう。
「これまで散々ブスをいじってもらって、私自身はありがたい気持ちでいたんです。でもお笑いはみんなを笑顔にする仕事。それを不快に感じる人が1人でもいるなら、容姿をネタにし続けるのはよくないなって思ってます。
ちなみに、コンビ間でブスいじりをネタにするのはやめよう、と最初に言ったのは相方の渚でした。渚だけでなく、プロの芸人さんたちは時代の空気をめちゃくちゃ敏感に読むので、吉本の中でもだいぶ前から『ハゲとるやないか!』とか『ブスやな』みたいな言葉は聞かなくなりましたね。それこそ私自身も、芸人になりたてのときはすっぴんで極力ブスな顔でいなきゃ笑いをとれないと思っていました。でも今は、好きなメイクをしたお気に入りの顔で仕事をしても絶対おもしろくできる、って思えるんです」
ルックスに左右されない笑いへ。その変化に、誠子さんの仕事への自信が見てとれる。さらに『B あなたのおかげで今の私があります』の凄いところは、容姿いじりへのNOが叫ばれる時代に、堂々と自分の言葉で「ブス」の意味を問い直したことだ。
“ブス”も“かわいい”も同じ意味。
〈誠子にとって「ブス」という言葉は、かつて辞書で引いたときの「ブス」の意味ではなくなっていた。芸人としての彼女を想って言ってくれる「ブス」。今まで出会ってきた芸人みんながこの言葉に色んな意味と優しさを与えてくれた。同じ言葉であってもその奥に秘められた想いを探したい。言葉の先の人と向き合いたい。〉(『B あなたのおかげで今の私があります』より)
「東京の芸人仲間は『今日もかわいいですね』と言ってくれる。関西の芸人は『勘違いせんといてください。誠子さんは今日もブスですよ』と言う。真逆の言葉ですけど、意味としてはどちらも変わらない気がするんです。ただ『ブスやなぁ』って思って言われたブスもあると思うんですけど(笑)、でも、仲間からの言葉は芸人としての『誠子を輝かせてあげよう』『笑いをとらせて目立たせてあげよう』というブスいじりだったと改めて思います。
この本を書くまでは、自分の努力でBを受け入れてきたと思ってたんです。でも自分の容姿について突き詰めて考えていったら、私を受け入れてくれた周りの芸人さんやったり、両親やったりがいたから、自分を好きになることができたんやなってことに気づかされました」
周囲の大切な人との関わりに大半のページが充てられたように、己が生み出した憎きモンスター「B」は、誠子さんに影響を与えたさまざまな人たちの手によって意味やかたちを変え、最後には愛おしい存在になった。
「お父さん譲りの出っ張った頬骨も、お母さんに似てほくろの多い顔も、2人から受け継いだと思うと本当に愛おしいし、この顔であることが嬉しいんです」
実は今回初めて、両親を亡くしていたことも本の中で明かしているのだが、「泣いてほしいとか、感動してほしいわけじゃなかったから」と、そこに多くの紙幅は割かなかった。読者に感動の押し売りをしないフラットな姿勢が、「自分の容姿に向き合うことで周りの愛を知った」という心根の美しさが、誠子さんの「B」を「美人」にしているように思う。
そしてこれは、お金をかけずに今すぐ誰にでもできる「B撃退法」ではないだろうか。
次回は、ヘアメイクアップアーティストの長井かおりさんが誠子さんのセルフメイクをチェック! 誠子さんのチャームの引き出し方を探ります。
『B あなたのおかげで今の私があります』
狩野誠子(KADOKAWA)¥1300円
“ブス=B”な自分が嫌いで根暗だった少女がお笑い芸人になり、Bを愛するようになるまでの物語。芸人、尼神インターの誠子が初めて綴った、容姿をめぐる自伝的エッセイ。
写真/田之上浩一 ヘア&メイク/長井かおり スタイリスト/程野祐子 取材・文/小泉なつみ
Edited by 大森 葉子
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