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ベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』が実写化。韓国フェミニズムが、私たちに語りかけてくること。

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ジェンダー暴力という日常的な女性差別。
「女だから」という理由で続く悪しき連鎖を認めること

82年生まれ キムジオン

韓国では、女性が公衆トイレを使用する時、壁に穴がないかを確認することが習慣づいていると言われています。それは「個室内に監視カメラがついていないか」という確認であり、こういった手法での盗撮事件が韓国では実際に起こっているからです。

本作の劇中でも、彼女が勤める会社のビル内でのトイレに監視カメラが隠されていたことが発覚する件があります。彼女たちは、撮られていたことだけでも恥ずかしいのに、その動画を自身で確認しなくてはならないという二重の辱しめに落胆します。そう、ジヨンたちが受けてきた日常的な性的被害は決して少なくはありません。

例えばジヨンの学生時代、バスに乗っていると男子学生に付きまとわれ、恐怖に震えるジヨンに対して状況を察して助けてくれた女性もいれば、片やバス停まで迎えに来てくれた父親からは、「スカートが短いお前が悪い」などと一方的な非難を浴びせられます。

女性はこんな時、「私が女だから悪い」と誘導的に非を認めてしまうことがあるでしょう。被害者が責任を感じることになるという、不条理な呵責に苛まれたことがある女性は少なくないと思います。そして、その時の虚しさや怒りや悲しみは、誰にも理解されず、心の錘となって溜まっていくのではないでしょうか。

ジヨンが会社で受ける性差別は、同時に彼女の未来を阻むものでした。仕事において実力のあるジヨンは、本来であればチーム長に選ばれるべき人間であることを自負していましたが、結局選ばれたのは男性社員。出産や育児が待っている女性は、なかなか会社の未来を託してもらえないのです。社内の会議ひとつでも、男性社員が女性に平気で飛ばす「チーム長が男だったら良かったのに」というデリカシーのない言葉の数々が、女性たちに不必要な負担を与えていることが描かれています。

「MeToo」運動が紡いだ韓国での告発と実状。
日本で立ち上がる“キム・ジヨン”はいるのか?

82年生まれ キムジオン

トイレの盗撮やバス内での陰湿なつきまといなど、『82年生まれ、キム・ジヨン』の劇中で告発される事件は、ここ日本でも起こり得る事件ばかりです。しかし、実際に自分が被害者になった時、声を上げられる勇気が私たちにはあるのだろうか。本作はそれを真摯に突き付けてきます。

フェミニズムのムーブメントとなった発端、「MeToo運動」のそもそもの始まりは、17年アメリカ、ハリウッドでセクハラや暴力を受けた女優が「MeToo」のハッシュタグをつけてツイートしたのが始まりだと言われています。男性優位のハリウッド社会で蔓延していた、権力を振りかざして女性を制圧しようとする悪しきカルチャーを浮き彫りにしたこのムーブメントでは、「私も(Me,Too)」と声を上げる女性は後を絶たず、団結して立ち上がるという女性たちの勇気とパワーを垣間見ました。

韓国では、MeToo運動の第1号として、18年1月に、女性検事ソ・ジヒョン氏が、8年にも渡って職場で受け続けた性的被害を告白しました。彼女は後に、性暴力の被害者に対して、「決してあなたたちに非があるわけではない。」という言葉をテレビのニュース番組で残しています。被害を告発したことで女性が受ける不利益や、加害者側から逆に訴えられる事案が出たことで、韓国内では人々の論争を巻き起こし、デモ活動が行われるほどの広がりを見せていきます。それを筆頭に、有名な詩人が告発されるなど、芸能、芸術、政治など様々な業界で性的被害の実態を明らかにするという動きが見られ、2018年の性犯罪の通報人数は4万1089人と過去最高を記録しました。

※huffpost「MeToo後の1年。ソ・ジヒョン検事の暴露後に韓国社会で起こった5つの変化」より。https://www.huffingtonpost.jp/2019/01/29/metoo-korea_a_23655648/

韓国では、MeToo運動前の16年に江南駅で起きた女性殺傷事件(「江南通り魔殺人事件」)での衝撃が大きかったのも、女性たちの心を動かした原因のひとつだと思います。「女性なら誰でも良かった」と犯人の男が発言したことをきっかけに、「ヨソンヒョモ(女性嫌悪、英語ではミソジニー)」という言葉が生まれ、多くの人が女性差別について考え始めた時期でもありました。

その最中にMeToo運動が始まったことで、その輪がさらに広がり、韓国の“キム・ジヨン”たちの勇気は、国までも動かすことになります。女性たちが声を上げるその爆発的な運動を受け、文在寅大統領が「積極的に(運動を)支持する」との声を上げ、その翌日には小中高等学校での「フェミニズム教育の義務化」を発表したのです。女性嫌悪の思想が多く存在する中で、男性側からの支持や、国の代表が自身を“フェミニスト”と称することなど、男尊女卑が当たり前とされてきた少し前の韓国では到底考えられなかったことではないでしょうか。

こうしたMeToo運動を経て、ここ何年かの勇気ある女性たちの行動で、日常のジェンダー暴力に声を上げる動きはアジアでも見られるようになったものの、日本では韓国のように現状に疑問を抱き、フェミニズムに関心を持つ動きはまだまだ少ないように感じられます。小説『82年生まれ、キム・ジヨン』は読むけれど、MeToo運動まで関心を示したり、声を上げたりすることはしない。ただ、フェミニズム小説や映画というフィルターを使って、心のモヤモヤを代弁してもらえればいいという女性の半覚醒状態の意識が続く日本と、江南通り魔殺人事件や『82年生まれ、キム・ジヨン』の小説を通していち早く声を上げた韓国。その動きが「男女格差(ジェンダーギャップ)」の17年から18年で韓国と日本の順位が逆転した本質的な理由なのかもしれません。

編集部注:2019年発表の世界の男女平等ランキング2020において、日本は153ヵ国中121位の過去最低を記録。

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